瞑想時に視えてきた意外なもの

瞑想をしていると色んなものが視えてきます。

人であったり、天使であったり、何かのシンボルであったり。

それらは潜在意識からのメッセージとして重要な場合が多くあります。

昨日のお昼に瞑想をしていたときも意外なものが視えてきて、ちょっと気になるので忘れないように記事にしてみました。

興味のある方はぜひご覧ください。

どのようなものが視えてきたのか

お昼ご飯を食べまったりとしている中、日課にしている昼瞑想をはじめました。

余談ですが、私の場合、少し眠気のある状態から瞑想を開始すると体は眠り、意識がハッキリとしてきやすく、すぐに深い変性意識状態に入ることができます。

特に日中の明るいお昼の時間帯が私は好きです。

さて、話を戻しまして瞑想で意識が深まるにつれ、だんだんと目の前の中心に金色の塊が視えてきました。

次第に輪郭が視えてきて八角形の形をしたものが現れました。

過去にも同じようなものが視えてきましたが、その時は集中してエネルギーを流し込んでいたチャクラの形でした。

今回はちょっと違います。

集中して視ていると、より鮮明になりハッキリとその姿を現しました。

外側が八角形、中心が円、円から八角形の各角にヤリの先のような形をしたものが刺さっています。

キレイな装飾が施されていて、なんだか懐かしい感じがします。

これは何ですか?なぜ、このようなものが視えるのですか?

私の問いに何の反応もなくお昼休みが終わってしまいました。

調べてみると

なんだか重要なものに思え、瞑想中に視えたものが何なのかインターネットで調べてみました。

金色、八角形などで調べてみるものの、同じものが見つかりません。

30分くらい調べてみましたがいっこうに見つからず。

この世に存在しないものなのかな?と諦めかけましたが、とうとう見つけました。

私が視たものは法輪(輪宝)というものでした。

法輪は仏法の教義を示すものだということです。

また、密教では法具として重要な場で使われているようです。

その意味は?

私が視たものは法輪ということまでは解りましたが、なぜそのようなものが視えてきたのか全く思い当たる節がありません。

正直なところ私は瞑想=仏教といった捉え方をしておりませんし、もちろん法具なども扱ったことがありません。

ただし小学生の頃に密教に興味を持ち色々勉強したことはありました。

もしかすると私の人生は密教と深いかかわりがあるのか…

そのようにも思えました。

もう一度瞑想の中で確かめようと試みましたが現象が現れず、その日に師匠とコンタクトをとり何を意味するか視てもらいました。

すると答えは…

だということです。

法輪が愛?

なぞは深まるばかりです。

とりあえずの結論

私の師は愛について過去にこんな事を言っています。

「自分は心から愛することが出来ない」と自分を責めている人の方がとっさの時それを行っている
逆に愛を平気で語る人はとっさの時に自己中心になりやすい

私は自身の愛情が薄いことに悩んでいましたので、この言葉が胸に刺さりました。

その後、師と共に患者様の施術にあたるようになりました。

患者様が快方に向かう姿を見せてもらうのが大好きで、そこには施術者、患者様の立場を超えた何の損得もない時間が流れます。

このような経験を通じて、これは愛なのかな、人間としてのあるべき姿なのかなと感じ始めていました。

そして多くの人とこのような感覚を共有したいなと思い始めました。

今回、瞑想の中で視えてきた法輪は、もしかすると人を愛するという事を世の中に広めたいと思う私の潜在意識だったのかもしれません。

まだ確信はできませんが、そう結論付けた瞬間、心がスーッと軽くなりました。

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