メディテーションと瞑想は似て非なるもの

メディテーションを日本語に訳すと瞑想となります。

しかし私の場合、瞑想というと禅を連想しますがメディテーションの場合はもっと気楽な印象があります。

あくまで私の主観ですので誤解の無いように。

今回はメディテーション=瞑想という捉え方ではなく、メディテーションと瞑想の違いについて書いていきたいと思います。

メディテーションの由来

メディテーションはMeditationと書き英語です。

そしてMeditationの語源はラテン語のMeditari(メディタリ)に由来しているようでメディタリを調べてみると「思うこと、熟慮、癒す」という意味があるようです。

語源を追ってみるとメディテーションの目的は自分の心を見つめること、癒すことという考え方ができるのではないかと思います。

このように考えると最近ブームのヴィパッサナー瞑想が思いだされます。

日本に伝わってきた瞑想

最近のヴィパッサナー瞑想のブームの元はアメリカではないでしょうか。

Googleの社員も行っているというような紹介のされかたが有名ですね。

癒し、ストレス発散、集中力アップ

このような効果を求めて行う人が増えています。

しかし、そもそもヴィパッサナー瞑想自体は古代インドで生まれた仏になるための行法

癒し、ストレス発散、集中力アップなどの目的に作られたものではありません。

日本で瞑想というと一番に禅が思いつきますがインド⇒中国⇒日本という流れで伝えられた聖徳太子や鑑真和上の頃の仏教に由来しているように思えます。

そして仏教は解脱して仏になるための教え。

癒しやストレス発散の意味合いとは違いますね。

メディテーションと瞑想は似て非なるもの

最近のヴィパッサナー瞑想、マインドフルネスのブームの火付け役をアメリカと考えてみると、最近仏教徒が増えているとはいえキリスト教やユダヤ教の信徒が大半を占めています。

ですから瞑想が伝わったとしても悟りを開くというような意味合いにはなりずらいのかなと思います。

このようなことからメディテーションはあくまでメディタリであり、瞑想の意味合いとは違っているように感じます。

まとめ

瞑想=メディテーションと呼んではいけないのか?

と言うような事では全くなくて自分なりに使い分けがあると感じ今回の記事となりました。

KOU流気功瞑想は瞑想なのか、メディテーションなのか

非常に難しいところです。

人間本来が持つ能力を目覚めさせる目的ですが、悟りを開こうというような壮大な計画は全くありません(笑)

というわけでKOU流を実践される方のご判断にお任せします。

お粗末な締めくくりにて失礼いたします。

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