瞑想とは心の浄化

瞑想は心を無にすることだと言う人がいますが私の感覚はちょっと違っています。

無とは有の反対語

このように考えると私の中では瞑想は有

雑念がとれていないのか?と言うとそうではないと思うのです。

今回は瞑想で達する心の状態について書いていきたいと思います。

賛否両論あるとは思いますが、今の私の段階での意見という事で読んで頂くとありがたいです。

無ではなく空

瞑想で深い変性意識状態になると、肉体の感覚がなくなり意識だけの存在になります。

この状態になると肉体から離れたおかげで痛みや苦しみといった感覚が生じなくなります。

気持ちもシーンと静寂を保ち、何でも受け入れられる広さを感じます。

ここから意識をコントロールしてイメージングしたり、潜在意識の書き換えなどを行ったりしますが本来の意味での瞑想ではないのでしょうね。

瞑想は、ただただ静寂を保ち深い心を保つことだと思います。

ただしこの状態は心を無にすることで実現するのではないと感じています。

禅の教えでは心を空にすると説いていますが、これは本当に的確な表現だなと思います。

深い変性意識状態になるほどに心がどんどん広がります。

この状態はまさしく空であると実感できるのです。

そして無であれば何も感じないと思いますが、空であることで心に気持ちよさや清々しさが広がります。

空とは心の浄化

普段の生活で私たちの心は色んなものに縛られています。

家庭であったり、学校であったり、職場であったり

色んな人の意見に同調し本来の心のあり方では無くなっています。

人によっては思想まで押し付けられているかもしれませんね。

でも否定はしません。

他人へ同調しないと生きづらい世の中ですからね。

ただし、こんな状況を日々送るうちに心が弱り、うつ病になったり、ノイローゼになったり病気になってしまいます。

では、どうしたら良いのか?と言うと瞑想で心を浄化してあげることが本来の心の元気を取り戻す唯一の方法だと思います。

瞑想の中で繋がれた鎖を一つずつ外していく作業をします。

私がはじめて瞑想状態に達した時は、好転反応で3日ほど怒りの感情が沸き上がりました。

その後、心が落ち着き、上着の肩が真っ白くなるほど酷かったフケ症も治りました。

それくらい私の心は色んなものに縛られて、身体にも影響がでていたんですね。

私は瞑想を通じて自分の心身の状態をはじめて知ることができました。

そして瞑想で空を体感することは心の浄化に繋がっているのだと感じました。

瞑想の目的

瞑想は悟りを開くための行として存在していますが、まずは私の様に心の浄化のために瞑想をするというのも大いにあることだと思います。

また、その過程で身についてくる霊感や超能力を求めている人も空の体感をするでしょう。

世界は私たちの外側だけでなく、心の中にも果てしなく続いている事を実感するでしょう。

心の浄化が進むほどに、これらの事が実感できると思います。

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